コービーを愛する者たちが語る、不朽の名作「The KOBE 5」のレガシー

“The Kobe 5: Behind the biggest sneaker tribute in basketball”(The Undefeated)

10年前の2010年10月26日。ロサンゼルス・レイカーズは2010-2011シーズンの開幕戦で、2010年ファイナルで宿敵・ボストン・セルティックスを破って獲得した16回目の優勝旗を掲げた。

試合前のセレモニーでは、レイカーズの各選手がチャンピオンリングを受け取った。ステイプルズ・センターでフロアに最後に立っていたのは、ファイナルMVPに君臨していた選手だった。チームメイトのデレク・フィッシャーが彼を紹介した。「世界最高のバスケットボール選手、コービー・ブライアント」。

ブライアントは、2010年のファイナルのシリーズで着用していた、シグネチャーシューズの「5 Rings」ナイキズームコービー5を履いてコートに登場した。このモデルは、コービーにとって5度目であり、最後のNBA優勝を記念して、ナイキがプレゼントし、リリースしたものだった。

それから10年の時を経て、フロリダのNBAバブルで、2020年ファイナルの第3戦と第4戦においてレイカーズのスター、アンソニー・デイビスの足に特注の「5 Rings」コービー5が戻ってきた。世界的なCOVID-19の流行の中でリーグが再開され、レイカーズが新たなタイトルを獲得するまでの道のりの中で、デイビスは他のどの選手よりも多くのロートップのコービー5を履いていたことで、バスケットボールとスニーカーの世界がコービーを失ったシーズンとして永遠に記憶されることになるだろう。

「正直なところ、私はいつもハイカットとミドルカットを履いていた。そこから、おそらく2年前から、私は違うタイプの靴を試していた。コービーシリーズを履いてみて、私は自分の足が速くなったような気がした」とデイビスは語る。デイビスは、41歳のコービーが、13歳の娘・ジアナと他の7人と共にカリフォルニア州カラバサスでのヘリコプター事故で死亡した5日前の1月に、The Undefeatedにこう語っていた。「私はもっと高くジャンプできるようになった。ショットも良くなった。まるでコービーのような気分だった。だから私はコービーシリーズと共にいた。コービーが大好きなんだ」。

デイビスだけではない。再開した4カ月間のNBAシーズンを通して、リーグ全体で102人の選手(67%がナイキを着用)が280足ものコービーのモデルを履いていた。特にコービー5は、バブルの中で最も履かれていたスニーカーで、70人の選手が55もの配色パターンのコービー5を履いていた。(比較すると、コービーが亡くなる前の2019-2020シーズンの最初の数カ月間、2019年秋に104人のNBA選手がコービー4の異なるペアを履いていた)。

レイカーズのデイビス、ヒューストン・ロケッツのPJ・タッカー、マイアミ・ヒートのアンドレ・イグダラ、サンアントニオ・スパーズのデマー・デローザン、フェニックス・サンズのデビン・ブッカーを筆頭とする21人の選手の中から選ばれたグループが、コービー5のプレーヤー・エクスクルーシブ(PE)エディションを披露した。レイカーズとヒートがぶつかったNBAファイナルでは、12人の選手がコービー5を着用していた。一方、コービーのシグネチャーラインである女子バスケットボールの顔であるシアトル・ストームのシューティングガード、ジュエル・ロイドも、ストームがタイトルを獲得した夜に着用した「ゴールドマンバ」のPEを含め、今シーズンのWNBAバブルの中で12のパターンのコービー5を履いていた。

レイカーズがフランチャイズとして17回目のタイトルを獲得した時、5人のレイカーズの選手がコービーが10年前に5回目のタイトルを獲得したときに履いていたのと同じシグネチャーシューズを履いていた。その夜、シカゴ出身のデイビスは、マイケル・ジョーダンとコービーの両方に敬意を表し、エアジョーダン1にインスパイアされた 「Black Toe」のコービー5 PEを履いてキャリア初のタイトルを獲得した。

“LeBron James and Los Angeles Lakers Win 2020 NBA Finals Nearly 9 Months After Kobe Bryant’s Death”(People.com)

シーズン終了後、The Undefeatedとの座談会で、デイビス、デローザン、ロイド、サクラメント・キングスのバディ・ヒールド、ミルウォーキー・バックスのクリス・ミドルトン、フィラデルフィア・セブンティシクサーズのシェイク・ミルトンが、ナイキ・コービー5を履いて、今年もスニーカーを通じてコービーのレガシーを受け継いできたその旅路について語り合った。

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デマー・デローザン(2020.7.23.)

“The Kobe 5: Behind the biggest sneaker tribute in basketball”(The Undefeated)

――コービー5を初めて見た時のことを思い出してみてほしい。初めて見た時のことを覚えている?

デローザン:私はずっと、人と違うレベルにいるコービーのファンだったんだ。彼こそ、私が最も好きな選手だ。レイカーのファンとして成長し、彼のシューズの変遷を見てきた私は、コービー5がリリースされた時のことを覚えている。ルーキーイヤーにはコービー5を履いた。ローカットのコービー4と5がリリースされた時、特に5はとても軽い靴だった。当時、多くの人が不満を口にしていたのを覚えている。「軽すぎて、足首を痛めてしまう」ってね。

私にとっては、バスケットボール選手としての自分の足に、ぴったりフィットするシューズだ。履き心地、安定性、そして軽さが際立っていた。コービー4と5は、ゲームを別のレベルにまで引き上げたローカットだ。

ミドルトン:履き心地が最高だった。初めて履くといった時、いち早く履いていたのを覚えている。私のいとこ(ジョッシュ・パウエル)がレイカーズでプレイしていた時に発売されたんだけど、私はすぐに彼に連絡して、他の誰よりも先に一足買ってもらおうと思ったんだ(笑)。その靴を見て、「これが必要だ!」と思ったのを覚えている。私はコービー5と共に点を取る必要があるね。

ミルトン:コービー5はたくさんの思い出を呼び戻してくれる…コービーはいつも私のお気に入りの選手だった。8番のコービー、アフロのコービーを覚えていて、ただ彼を見ていたんだ。文字通り彼の試合を見ていたし、試合がタイムアウトになったら通りに出て、今見たものを何でも練習していた。

子どもの頃は、本当に手に入れることができなかった靴の一つだった。高校生になると、コービー7と8をいくつか手に入れた。それでも、5を手に入れるのは難しかった。今では手に入れやすくなったけど、当時は大変だったんだ。

デイビス:ドープな見た目のシューズだよ。それまでローカットでプレイしたことがなかったから、ローカットでプレイするのは少し怖かったんだけど、完璧なフィット感と圧倒的な軽さがあった。履き心地も最高だったよ。

ロイド:最初にコービー5を見たとき、光沢があるなと思ったのを覚えています。ローカットでしたしね。そして、コービーのシューズにはすべてストーリーがあるんです… だから私はかなり興奮していました… コービー5を手にした時には、ただシューズを手に入れたという以上のものがあることを知っていました。シューズ一つ一つのストーリーの詳細を知って、コービーが人々に伝えたかったメッセージを知ったほうがいいですよ。

ヒールド:とにかく最高だよ。最初にコービー5を見たのは、彼がファイナルに出場していた時だった… 手に汗握るファイナルを観戦している時、コービーが履いていた白と金の「Big Stages」に一目惚れしたんだ。それ以来、コービーシリーズは私のお気に入りだよ。

なぜ私が24の背番号をつけているかというと、バハマでは市外局番が242だからだ。でも、それはコービー・ブライアントのためでもあり、これまでで最も好きな選手だからさ。

クリス・ミドルトン(2020.9.2.)

“The Kobe 5: Behind the biggest sneaker tribute in basketball”(The Undefeated)

――PEを通して何を表現しようとしていた? また、バブルでPEのお披露目をした時はどんな感じだった?

デローザン:私に関して言えば、私はカラーリングとその背景にあるストーリーを重視している。8~9カ月前、いつもシーズンの前のシーズンになると、次のプロトロのためのアイデアを出し始めるんだ。子どもたちに好きなアニメや話題のものを聞いて、そのカラーリングに傾くことが多いかな。子どもたちにはバブルグッピーのブルーとピンクのパターンを作ってあげたよ。

コービーと現実に友好関係を築く前から、私はいつもコービーと感情的なつながりを持っていた。コービーを持つことができるようになって、自分のコービーのPEがリリースされることになって、皆が夢中になっているのを見ることができたり、家族のために家に何足も送ってはリリース前に配ったりして、皆の反応を見ることができるのはすごく素晴らしいことなんだ。自分のコービーのPEをリリースできるチャンスが得られる人は、そう多くはないからね。

デイビス:私はシューズのことになるとおかしくなるよ。とにかく目立たせたい。派手な色が欲しいんだ。2人のGOATへの敬意を表したコービー5を履き、シカゴを代表してプレイできたのは、最高の瞬間だった。

ミドルトン:私はただ、ユニフォームにマッチするようなクールなカラーリングを手に入れようとしていた。手に入れてすぐに、家に帰ってきた息子たちといとこに電話をして、「おい、これは誰も持ってないぞ!」と言ったんだ。みんな大のコービーファンで、とにかく彼のことが大好きなんだ。ナイキの担当者からコービーのPEを履くことのできる選ばれたグループに入ることになったと電話を受けて、1週間か2週間かはかなり気持ちがハイになっていたよ。

ヒールド:ナイキの方と話していた時、彼が「君のために作ったモデルがあるよ」と言ってきたんだ。だから俺は、「おいおい! いつになったら自分の色を作らせてくれるんだ? 自分のモデルを作らせてくれよ!」と言った。「PJ・タッカーのカラーリングを見たか? デマー・デローザンのモデルもだ。私にも自分でデザインさせてくれよ!」と言っったら、「どんなものがいいんだ?」って言われたよ。それに応えるとすると、バハマ・カラーのものがいいね。炎のようなデザイン、フレッシュなデザイン、そして私を引き立ててくれるデザインがいい。これが好きなのは、自分の国と出身を代表しているからだ。それが私のこだわりなんだ。

ロイド:私がデビューさせるのを楽しみにしていたPEは、チャンピオンシップ・ゲームで履いていたオールゴールドのコービー5でした。以前、自分のPEを持つことについて話し合ったことがあったんだですが、それはすべてゴールドのものでした。ゴールドは最高なんです… でも、それはより多くの意味を持っています。「The Gold Mamba」は、コービーが私につけてくれた名前なんです。リーグに入ってきた私のストーリーを表しているんです。ゴールドは私が何者であるかを思い出させてくれます。私はユニークで、特別な存在です。私には目的があります。ここにいる理由があります。ゴールドのシューズを見るたび、それは私に常に思い起こさせてくれるんです。

履くタイミングをずっとうかがっていましたが、ファイナルは最適なタイミングでした。実は、履くつもりはなかったんです。ファイナル直前まではね。完璧なタイミングでした。長い間バブルの中にいたから、家に帰る準備ができていました。最後まで全力で走り切りたかったんです。そのための一番の方法は、コービー5でハードにプレイすることでした。

バディ・ヒールド(2020.8.13)

“The Kobe 5: Behind the biggest sneaker tribute in basketball”(The Undefeated)

――誰かが履いているのを見て、気に入ったPEのデザインはどんなものだった? そして、その理由は?

デローザン:イグダラが履いていたデザインはイカしていたよ。PJのものもイケてた。ポール・ミルサップも、いくつかいいデザインを持っていたね。ADは、特にファイナルでの彼は最高だった。彼は紫のPEをいくつか履いていたが、もしファイナルに出ていなかったら、間違いなく彼に「送ってくれ」と頼んでいただろう。アイザイア・トーマスもいつもカッコいいコービーのPEを履いていたよ。

ミドルトン:もちろんブッカーのPEもそうだし、デマー・デローザンのPEは最高だった。デローザンは彼が持っていたすべてが最高だったよ。でも、バディ・ヒールドのバハマ・カラーは本当にクールな色合いで、その背景にあるコンセプトもクールだった。カイル・コーバーもいくつか持っていた。彼は14を履いていて、私は15を履いていたことがあったんだけど、一度彼のシューズで練習しようとしたんだ。そしたら、小さすぎて履けなかったんだよね(笑)。

“‘Do it for Kobe’: Buddy Hield scores 42 as Kings rally to beat Timberwolves in OT”(THE SACRAMENT BEE)

ヒールド:デビン・ブッカーが履いていたオレンジ色のデザインが好きだね。あれは最高だったよ! PJ・タッカーはピンクと緑のデザインを履いていた。デローザンはいつもいいデザインのものを履いていたし、彼のPEはいつも新鮮だ。彼は最高のPEを持っているから、デマーのようなナイキのフックアップを手に入れる必要があるね。PJとデマーは最高のものを持っている。トバイアス・ハリスもいいシクサーズカラーのものを持っていたよ。イグダラもいいデザインのものをいくつか持っていた。

ある時、ディアーロン・フォックスから一足もらったんだ。彼には小さすぎたものだった。それで彼は一度もプレイしたことがなくて、誰も見たことがないものなんだけど、でもそれが一番イケていたんだ。

ロイド:PJ・タッカーのデザインは超新鮮ですよね。とてもユニークなんです。1つのシューズの中にたくさんの色が入っていて。彼はたくさんの素晴らしいシューズを持っていますけど、私は「ああ、チャンスがあれば手に入れたい」と思っています。私にとって、すべてのPEは誰かの物語を表しています。だから、それを手に入れたいと思っていた一方で、何としてでも欲しいとまでは思っていません。でも、ネットで見た時には、一足一足に間違いなく注目します。

PJ・タッカー(2020.7.17)

“The Kobe 5: Behind the biggest sneaker tribute in basketball”(The Undefeated)

――コービーのシューズを追い求める中で、とんでもないクレイジーな話なんてある?

デローザン:正直に言うと、世に出てきたコービーはみんな持っているね(笑)。本当、クレイジーだよ。WNBAの選手のPEに手を出さないといけないね。ロイドのモデルを見たんだけど、あれは最高だったよ! 女性のモデルは持っていないものがあるけど、それ以外では探し出すのに苦労したことはないと思う。コービーから個人的にもらったものもある。夏の間にコービーからもらったことがあるんだけど、トロントでプレイした時やブルックリンでプレイした時に履いていたんだ。サイドにパープルの24がついた黒の1足だった。

何年か前に、ナイキの本社に行った時のことも覚えている。コービーシリーズのセクションにいて、コービーでさえ手にしたことのないモデルが置いてあったんだ。私はそれをいただいたよ(笑)。高校生の時には、彼はコービー2をいくつかくれた。大学で黒と黄色のコービー2を履いて、誰かに何か言われて、「これはおまけだよ」と鼻高々に言ったら、その後トラブルになったのを覚えているよ(笑)。

ロイド:正直なところ、私はそれほど問題を抱えたことはありません。ナイキは私が必要とするシューズを提供してくれています。一番クレイジーな話は、私がまだ小さかった頃、コービー5が初めて発売された時に、兄からコービー5を盗もうとしたことだと思います(笑)。兄は私より8歳年上なので、サイズがまったく違うんです。私はいつも弟のシューズを盗もうとしていました。

ミドルトン:パウエルがレイカーズにいた2、3年の間は、彼に電話をかけ、時には彼らの居場所を突き止めることもできた。きっと彼は他のたくさんの人からも電話やメールをもらっていたんだろうね。どういうわけか、僕は「Fade To Black 5」を手に入れることができないんだ。今でも探し続けているよ。

ヒールド:俺はストックXでオリジナルのビッグステージを注文したんだ。結局、3,000ドルも払うことになってしまった。でも、その売り手はおそらく私の名前を知っていて、注文をキャンセルしたんだ。彼はこう考えたに違いないよ。「彼が3,000ドル出せるなら、私ももっと高くしても大丈夫なはずだ!」と。だから私はこう思った。「ふざけるなよ」。本当に頭にきたんだ。バブルの中で履こうとしていたんだ。持っていると思っていたんだけど、なかなか見つからないモデルなんだよね。

――今年のまさに今と、今年1月の以前とでは、コービーを履いてプレイすることにどういった違いがある?

デローザン:今でも本当にクレイジーだ。コービーの昔のインタビューやハイライトを見ると、毎日違う感情になってしまうんだ。あの日のことを思い出すと、アリーナに入って試合の準備をしていたことを覚えている。アリーナの途中でロッカールームに向かって歩いていたら、電話がかかってきた。どうやって自分の感情を処理したらいいのか、何が起こっているのかわからなかった。

その日はトロントで試合をしていた。ロッカールームに座ってすぐにビッグステージのコービー5プロトロを履いた。その夜、初めてそれを履くことになっていたのを覚えている。まさにクレイジーだった。すべてを鮮明に覚えている。初めてコービー5を履いてデビューしようとしていたその瞬間から今に至るまでの長い道のりを思い出した。今でも悪い夢から覚めてくれって感じるんだ。

ミドルトン:履くたびに考えるんだ。コービーがゲームのために何をしてきたのか、そしてコービーの人生がいかに早く終わってしまったか。コービーのプレイには、勇気と情熱があった。そして、コービーは全力を尽くしていた。彼のシューズを履くたびに、同じように努力したくなるんだ。

コービーがシューズのフリーエージェンシーに入り、たくさんの異なるPE、特にジョーダンのものを履いていたことを覚えているだろう。コービーがジョーダンのPEを履いているのを見るのはクールだったし、今では彼のシューズのPEを履いている人もいる。それはまるで、自身のシグネチャーシューズのPEを世代から世代にわたって人々に履いてもらうことで、次の世代へとバトンタッチしているかのように感じたよ… それは、コービーがいかに今日のジョーダンであったかを物語っている。

ロイド:コービーが亡くなった後のコービーシリーズを履いてのプレイは、何が起こったのかを常に思い出させてくれました。また、前に進むために必要な集中力を常に思い出させてくれました。毎日、自分の目標は何か、何に集中しているのか、どうやって前に進んでいきたいのかを常にチェックしました。しかし、コービーが教えてくれたことも忘れてはないけません。紐を結ぶたびに、シューズを履くたびに、私たちが交わした会話や、お互いに設定した目標を思い出すことができました。履く前と履いた後では、間違いなくここと餅は変わっていて、シューズのおかげで集中力を再び高め、ゲームに対する情熱を得られたように思います。

ヒールド:他ならぬコービー・ブライアントのシューズなんだ。彼に対する最大限の敬意を表したい。彼の名の下にプレイするのではなく、彼が毎日「キラー」になろうとしていたようなマインドセットを持とうと努力している。すべてのアスリート、すべてのバスケットボール選手、そしてすべての人間は、そのマインドセットを持とうとしている。

コービーが亡くなったことで、彼のシューズを履くことがより大きな意味を持つようになった。コービーがバスケットボールのゲームにもたらしたものが何か、彼がもたらした情熱、そして彼のマインドセットを皆が知っている。

ミルトン:リリースされた当時も良いシューズだったし、今でも良いシューズだ。でも今は、その背景が意味するすべてのことが、今のシューズを形作っている。コービーは彼自身が偉大であったけど、それ以外の部分でも、彼は他の人たちにその人自身が偉大になるようにとインスピレーションを与えてくれた。それがコービーがもたらした最大のことであり、このシューズが表している最大のことだと思う。つまり、それこそ「マンバ・メンタリティー」なんだ。

私は大学時代にナイキのバスケットボールキャンプに参加していた。そこでコービーに会ったのを覚えている。彼は座って話をしてくれた。彼は私たちに彼の言葉をいくつか教えてくれた。いつかまた彼に会って、私の名前を知ってもらうんだと思ったよ。もちろん、その日は来なかった。でも、その場にいて、彼を見て、「私にもできるんだ」と思えたのは、本当にクールなことだった。

アンソニー・デイビス(2020.10.11)

“The Kobe 5: Behind the biggest sneaker tribute in basketball”(The Undefeated)

――コービーのシューズのレガシーをどう表現する?

デローザン:ジョーダンシリーズに次ぐ名作と言えると思う。ジョーダンラインに関して話すなら、コービーラインも一緒に必ず話題にしなければいけない次のラインになりそうだ。ジョーダンがもたらしたように、彼のレガシーはゲームにおけるフットウェアの在り方を変えてしまった。古い世代から新しい世代にわたって、コービーはゲームにおけるシューズを全く異なるレベルに引き上げ、裾野を広げ続けている。

コービーがどうやってナイキとの契約に至ったのかや、どうやってアディダスとの契約から抜け出し、1年間(シューズのフリーエージェントとして)活動したのかさえ、多くの人は知らない。コービーは、多くのシューズをテストしていただけだったが、その後、「ハラチ」シリーズが華々しく登場し、コービーのシリーズがブレイクした。そこから多くのアスリートや選手たちがコービーを追いかけるようになったことは、本当にクレイジーなことだった。

ロイド:「ストーリーテリング」であること、コービーはそれに気持ちを込めていました。どのシューズにも、彼自身の旅路、成功、情熱、苦闘の物語が込められていました。コービーがアキレス腱を断裂したとき、コービー9にはアキレス腱の縫い目が入っていました。コービーがシューズを通して自分の人生の物語を伝えていたことを理解している人はほぼいないと思いますが、コービーが持っていたマインドセットやメンタリティーを持って戦い続けるモチベーションを与えてくれたのです… 文字通り、すべてのシューズを見ることで、コービーがどんな人物だったかを知ることができます。

ミドルトン:ゲームにおけるシューズの在り方を変えたと心から思う。ローカットからハイカットまで、彼はすべてのことを変えてのけたんだ。それまでには見られなかった特徴的な色使いやデザイン、テクスチャーなどをシューズに取り入れていた。

ちょうど最近、新たにリリースされるKobe 6 PEを手に入流というテキストメッセージをもらったんだけど、それを手にするのが待ち遠しいよ。

ヒールド:コービーシリーズは間違いなくトップ3に入る。マイケル・ジョーダンには及ばないだろうけど、コービーは間違いなくトップ3だよ。誰もがクレイジーな異なるスタイルを持っていて、コービーのスタイルは、9と一部のADを除いて、すべてローカットだ。レブロンのシリーズも素晴らしいと思うけど、レブロンのためにデザインされているんだ。コービーのシューズは、皆のためにデザインされているんだ。

ミルトン:コービーはゲームを変えた。そして、人々をインスパイアし続けた。それが全てなんだ。彼は素晴らしいシューズを持っている。本当に素晴らしいシューズだ。もしあなたがバスケットボールのシューズをデザインするとしたら、それはコービーのようになるだろうね… コービーがもたらしたのはまさにそういうことなんだ。

デイビス:コービーが亡くなる前も驚異的だったが、今ではそれ以上の意味がある。彼のレガシーはずっと生き続けるだろう。■

“NBA Feet: NBA Finals 2010 – Game 1 Recap”(Sneaker News)

JJ
I Stan Basketball. / Started watching NBA since 2003 / A Big Fan of LeBron & Lakers / An Alumnus of University of Tsukuba / An Editor / A Blogger

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