暴かれたロケッツとハーデンの闇

2人のオーナーと4人のヘッドコーチによってたすきをつないできたジェームス・ハーデン時代のヒューストン・ロケッツの文化は、元スタッフによるこの短い言葉に集約されるかもしれない。

「Whatever James wants.(ハーデンが望むことなら何でも叶えよう。)」

“James Harden and the Houston Rockets are at a breaking point”(ESPN)

ロケッツは、バック・トゥ・バック・ゲームでない限り、ロサンゼルスやフェニックス、その他ハーデンのお気に入りにランキングされる街であれば、泊まることになったり、あるいはもう1日余分に過ごしたりすることもあるというのは、基本的にほぼお決まりだった。

ロケッツが試合と試合の間に2~3日あれば、ハーデンがオフを要求し、プライベートジェットをチャーターしてラスベガスや他の都市でパーティーをするというのが定番だった。彼はいつも同じ理由で、オールスターブレイク後の最初の練習も休んでいた。

ハーデンはどこまでいってもハーデンなんだ」と、現在フランチャイズの中で働く人々は言う。

しかし、オールスターの常連であるハーデンがロケッツに在籍してきた8年の期間の中で、こういった状況に陥ることはこれまでどの時点においてもなかったが、今では劇的に変わってしまった。

ある情報筋によると、ハーデンは毎年オフシーズンになるとチームに、チームをアップグレードするように要求してきた。それも、「さもなければトレードしてくれ」と言いながら。また、ハーデンは、移動や練習のスケジュールはもちろんだが、それ以外の事柄についても最終的な決定権を持っていたという。さらに、ハーデンには、ロスターとコーチングスタッフの両方における人事に関して支配する力もあった。ハーデンはそれを利用して、ケビン・マクヘイルをヘッドコーチから解任し、同僚だったドワイト・ハワードとクリス・ポールをチームから追い出したという。

ロケッツは、ハーデンが歴史に名を刻むエリート選手として幸せであり続けられるよう、彼が望むことであれば何でも叶えさせることが、ビジネス上良いことだと考えていた。しかし、ここ数週間の間に、チームが普通では考えられないような破格のオファーを提示したにもかかわらず、ハーデンが自身をトレードするようにチームに強要するようになった。それは、毎年のチームのアップグレードの要求とは明らかに異なり、それをはるかに超える最後通告だった。

ほとんどコミュニケーションを取らず、チームを散々待たせた状態のままキャンプは始まってしまった。HC1年目のスティーブン・サイラスにとっての練習初日、ハーデンは練習に姿を現さなかった。そして、NBAのコロナウイルスに関するプロトコルを完全に無視し、パンデミックの最中であるにもかかわらずマスクをせずにパーティーに参加し、インスタグラムでそれを見せびらかした。ハーデンは、自分のやり方で思うままにできない場合に、どんなことが起こるのかを見せつけたのだ。

ああ、ハーデンは暴れるよ」と、ロケッツの元スタッフは言った。

ハーデンは今まで一度も『ノー』と言われることに耳を傾けたことがない」。

ロケッツの複数のチーム関係者は、過去8年間で築き上げられたこの悪しき文化に、組織全体が「加担」していたことを認めている

私たちは、組織の本当のボスが誰なのかを知っていた」と、ロケッツの元アシスタントコーチは語った。「それは、ロケッツに加わる時の契約の一部だ。選手も、コーチも、GMも、オーナーも皆、すべて知っている」。

ハーデンを咎めたりはしないよ。すべて、組織のせいなんだ。彼のせいじゃない。彼は、組織が許したようにしただけなんだ」。

それにもかかわらず、ハーデンにそのような極端な力を与えたことが間違ったやり方だったということについて、現在と以前のロケッツの関係者やスタッフとの間で意見の一致はない。ロケッツは、ハーデンがロケッツに加入する前の3シーズンでプレイオフ出場を逃しており、NBAの中でもお荷物のようなチームになっていた。

ロケッツの元ゼネラルマネージャーであるダリル・モーリーは、当時シックスマン賞を獲得したハーデンが、真のスーパースターになるだろうと予測して計算されたリスクを取り、ケビン・マーティン、ルーキーのジェレミー・ラム、ドラフト指名権をパッケージをオクラホマシティー・サンダーに放出した。それからというもの、ロケッツはプレイオフを逃したことがないという主張ができる唯一のフランチャイズである。

ロケッツは、ハーデンがチームに加入して以来、優勝という究極の目標は達成していない。ウエスタン・カンファレンス・ファイナルには2度進出したが、それ以上に進むことはできていない。

しかし、2017-18シーズンのMVPであり、過去6年間で4度もMVP投票でTOP3に名を連ねたハーデンの輝きは、ロケッツに毎年、ほんの一握りのチームだけが持っている優勝候補としてのリアルな希望を与えてくれていた。

ハーデンはまた、スポーツ界の中でも最も耐久性のあるスター選手の一人であり、常にリーグトップの出場時間を誇る。足首の捻挫や肩の打撲など、他の選手なら欠場となるようなケガをしながらもプレイできてしまっていた。

これらすべてによってロケッツは、ハーデンの突き抜けた生活スタイルがあったとしても、それを別の見方で見ることができていた。

もしチームに何日も休みがあったら、誰もが知っていることだが、ハーデンはどこか他の場所に飛び、パーティーをするだろう。でも、ハーデンは戻ってくると、50点のトリプルダブルを達成する。だから、チームはそれで良かったんだ」と、2019-20シーズンのロケッツのコーチングスタッフの一人は語った。

“Why it’s hard to believe Harden wanted the Rockets to trade Chris Paul”(FANSIDED)

しかし、この規律のなさや細部に注意を払えない状態は、クリス・ポールとラッセル・ウエストブルックにとって許容できることではなかった。最終的に、ハーデンと2人のスターは別々の道を歩むことになった。

ロケッツのハーデン時代のピークは、レギュラーシーズンでリーグ最高の65勝を挙げ、ウエスタン・カンファレンス・ファイナルでゴールデンステイト・ウォリアーズに3-2のリードを築いたクリス・ポールのロケッツでの最初のシーズンだった。

しかし、ポールがハムストリングの負傷(ロケッツファンにとって「ハムストリングの負傷」は彼らを永遠に悩ませるフレーズになっただろう)により欠場したロケッツは、そのシリーズの最後の2試合を落とし、敗退した。ボールを支配する2人のダブルエースのケミストリーは、次のシーズンには消え去っていた。

ポールのハーデンに対する最大の不満の一つは、ハーデンは基本的にボールが自分の手にないときにオフェンスに一切参加しようとしなかったことだった。時折、ポールがボールを持っているとき、かろうじてハーフコートに入ってきて見つめているなんてこともあった。

ポールが、ハーデンのアイソレーション中心に構築されたオフェンスシステムをより組織的かつ動きの多いものに改善するよう、マイク・ダントーニHCに自身の懸念と併せて苦言を呈していたことに、ハーデンはすぐに飽き飽きしたという。

それでもロケッツの経営陣は、ハーデンとポールのデュオならこれらの問題は解決でき、また優勝に向けたランができると信じていた。

しかし、チームの思いとは裏腹に、ハーデンはチームがトレードを成立させるようにと強く求めた。もし、サンダーで元チームメイトであり昔からの友人であるウエストブルックをロケッツに招き入れられる方法を見つけられないのなら、トレードを要求するとハーデンは言ってのけた。そしてロケッツは、難しいと思われた代償を支払った。ポールと、2024年・2026年の1巡目指名権、2021年・2025年のスワップの権利を放出したのだ。

“Were the Houston Rockets Correct in Moving Chris Paul for Russell Westbrook?”(ESSENTIALLY SPORTS)

ウエストブルックはシーズン中、頻繁に「自分のプレイができない」と不快感を表わしていたという。ハーデンとウエストブルックのタッグを結成するようチームがプッシュしていた時に、ダントーニHCはハーデンとウエストブルックのフィット感について個人的に懸念を表わしていたというという。

これらの懸念は、内部的にも外部的にも、ロケッツがスモールボールに本格的に移行してウエストブルックが息を吹き返したことで、静まり返った。ウエストブルックは、コロナウイルスによるパンデミックでシーズンが中断する前の2カ月で平均32.2点、8.2リバウンド、7.0アシスト、FGが53.1%を記録していた。

ロケッツのあまりにも緩すぎるカルチャーに、ウエストブルックを怒りを隠せなかった。ウエストブルックにはロケッツでのハーデンと同じようなスーパースターの特権があったが、サンダーではウエストブルックの監視下で軍隊のような厳しい規律が敷かれていた

ロケッツは、サンダーとはまるっきり対照的だった。厳格なタイプではなく、特に昨季、オフの間に行われた2度の契約延長の交渉も破談に終わり、契約最終年に「死に体」と化していたダントーニの下ではなおさらだった。

ウエストブルックは遅刻を許さなかった。しかしロケッツでは、予定されていた出発時間はハーデンなどによる単なる提案レベルの軽いものとして扱われていた。

時間通りに始まったことなど一度もない」と、ロケッツの元スタッフは漏らした。「飛行機の出発時間はいつも遅れる。バスは決して時間通りに動かない。ただ組織されただけのアマチュアチームだ」。

フロリダのバブルでのある一幕。ハーデンは、チームのフィルムセッションが始まる直前まで、毎日のコロナウイルスのテストを受けるのを待っていた。ハーデンが開始時間に間に合わないとわかると、ウエストブルックは「さっさとセッションを始めろ!」と叫んだ。「ハーデン抜きで始めろ!」。ダントーニはハーデンが来たらまたやり直すと説明したが、ウエストブルックを落ち着かせるにはあまり効果がなかった。

ウエストブルックとハーデンのどちらが先にチームを出たいと望んだかは定かではないが、デュオ結成のためにドラフト指名による明るい将来を手放したった1シーズンを過ごした後で、2人はもはや一緒にプレイしたくなくなったのだ。

オーナーのティルマン・フェルティッタの承認を得てそのトレードを交渉したモーリーは、どちらかのスターがトレードを要求する前に早々とヒューストンを去った。モーリーがロケッツのGMを辞任し、フィラデルフィア・セブンティシクサーズのバスケットボール運営部門の代表に就任した後で、ロケッツのGMに昇格したラファエル・ストーンは、この混乱の余波への対応を任されることになった。

ロケッツの信頼の置けるある関係者が語ったように、ロケッツは不満を持つスーパースターをロスターに抱えたままシーズンを迎えることに対して「不快な思いをすることを厭わない」と表明している。ロケッツは最終的に、キャンプを開始する直前に、アキレス腱断裂からの復帰を目指すワシントン・ウィザーズのジョン・ウォールと将来の1巡目指名権と引き換えにウエストブルックをトレードした。それはつまり、昨季のウエストブルック獲得が悲惨な失敗に終わったことを認めるものだった

しかしロケッツは、ハーデンのトレードについては、フランチャイズを代表できるチームの要石となれる若手や、複数の1巡目指名権、あるいはルーキー契約でも将来を約束された選手などそれ相応の見返りを得られない限り、現時点ではあらゆるオファーも拒むつもりだという。ハーデンは当初、トレード先としてブルックリン・ネッツ一択を主張していたが、今は選択肢にシクサーズを加えるとチームに伝えたという。

ハーデンはチームメイトに遅れること1週間後の12月8日、NBAが義務づけた6日間連続のコロナウイルスのテストの結果が陰性であったことを報告し、月曜日にようやくチーム練習に参加した。

チームのあるコーチによると、それまで最低限のコミュニケーションしかなかったサイラスとハーデンは、バスケットボールの戦略について「良い会話」をしたという。

水曜日には、ハーデンはトレーニングキャンプに遅れて到着してから初めてメディアに向けて語ったが、トレードの希望についての質問に直接回答することはなかった。

“The Houston Rockets Have to Keep James Harden Happy. But How?”(The NewYork Times)

ロケッツは、火曜日に勝利を収めたサンアントニオ・スパーズとのプレシーズンゲームで21分の出場を果たしたハーデンについて、辛抱強くトレード市場を模索し、長く痛みを伴う再建にフランチャイズを運命づけないようなトレードを実現するべく、プロとして取り組んでいくつもりだ。

毎晩子どもにキャンディーを与え続けたのだから、ある晩突然キャンディーを取り上げて子どもがかんしゃくを起こしたとしても、決して怒ることなんてできない。キャンディーを与え続けたのは他でもない自分なのだから」と、ロケッツの元コーチは言う。

ロケッツはついにハーデンに対して組織として反旗を翻した。そしてこれから、その落ちこぼれと共に生きていかなければならない。■

JJ
I Stan Basketball. / Started watching NBA since 2003 / A Big Fan of LeBron & Lakers / An Alumnus of University of Tsukuba / An Editor / A Blogger

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