マンスリーアーカイブ January, 2021

「ウィザーズは私に嘘をついていた」。崩れ落ちたジョン・ウォールとウィザーズの信頼関係

ジョン・ウォールがトレードを要求したと報じられた後、ワシントン・ウィザーズのGMであるトミー・シェパードは「ジョンと私、ジョンとウィザーズの間には何の問題もない」と公に語っていたが、果たしてこれは真実なのだろうか?

競争者として、少女の父親として。コービーと絆を結んでいたザック・ランドルフ

コービー・ブライアントが逝去したあの悲劇的な事故から1年。元NBAオールスターのザック・ランドルフと、ブライアントの女子バスケットボールチームでプレイしていたランドルフの娘であるマッケンリーは、いまだにブライアント父娘の弔いを続けている。

レブロン・ジェームスとアンソニー・デイビスが回想するコービー・ブライアントとの初めての対戦

コービー・ブライアントやレイカーズとの初めての対戦は、全世代のNBA選手にとって忘れられない瞬間だ。それは、レブロン・ジェームスやアンソニー・デイビスにとっても決して例外ではない。

止められないコービー・ブライアント――彼を止めることを任務として与えられたディフェンダーたちが語る

14年間のNBAキャリアの中で、トニー・アレンは6度のオールディフェンシブチームに選出された。リーグで最も鼻っぱしらの強いペリメーターディフェンダーの一人としてのその高い能力から、彼には「The Grindfather」というニックネームが付けられた。

トレイ・バークが語るNBAでプレイすることのメンタル面についての本音

正直に言って、本当の意味で鏡の中を見て、偽らずに誠実でいるのは、極めてまれなことだ。自分自身のプライドを傷つけたくないときに負けを認めるという境地には、到達するのが難しい。しかし、トレイ・バークがここまで前進し続けてきた姿は、まさにそれに当てはまる。なぜなら、28歳の彼はこれまでの人生の中で、本当の自分自身と向き合わなければならない瞬間が多くあったからだ。「私は学んだ」と彼は言う。彼は、心地良くないことにこそ心地良さを感じているのだ。

クリスチャン・ウッドの決して屈しない力

11月、ヒューストン・ロケッツと3年4,100万ドル(約41億円)の契約にサインしたクリスチャン・ウッドの心の中で、ほろ苦い記憶が駆け巡っていた。

NBAプレイヤーのトレード要求の方法

ジェームス・ハーデンのようなフランチャイズプレイヤーであれ、ロールプレイヤーであれ、マービン・バグリーの父のような親であれ、トレード要求は起こり得る。トレードを要求する理由は、プレイングタイムが十分でないこと、契約交渉を巡る経営陣への不満、チームの方向性など実にさまざまだ。

マーク・ガソルから優れたパサーの極意を学び、さらなる進化をもくろむアンソニー・デイビス

アンソニー・デイビスは、少なくとも彼のスタンダードからすれば、今季の立ち上がりは遅かった。この27歳のスーパースターは開幕からの7試合で、フィールドゴールを51.5%、スリーポイントを41.2%と高確率で沈め、平均21.7点を奪っているわけだが、そのうち3試合が20点未満だった。昨季の場合、開幕から20点未満が3試合を数えるまでには13試合かかった。

シャキール・オニールが明かす、フィル・ジャクソンがレイカーズのHCとして大きなインパクトを与えた理由

今夏、ドキュメンタリー「ラストダンス」のおかげで、伝説のHCであるフィル・ジャクソンについて新たな洞察を得ることができた。私たちは、ジャクソンのユニークなコーチング法や、NBAに移ってくる前のプエルトリコでのコーチング期についても学んだ。しかしご存じの通り、ジャクソンは1990年代にシカゴ・ブルズで6つのタイトルを獲得しただけではない。

偉大になることを追い求め、誇りを抱き続けたレブロン・ジェームスの半生

レブロン・ジェームスは自身の18年間のキャリアの中でこれまで、レギュラーシーズン1,270試合に出場し、そのうち1,262試合で二桁得点以上を記録してきた怪物だ。36歳の誕生日を迎えた12月30日、ジェームスはNBA記録となる大台の1,000試合連続二桁得点の記録を達成。これは、二桁得点の連続試合数として最多となった。この記録の2位はマイケル・ジョーダンの866試合であり、ジェームスの1,000試合からはるかに遠い。
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ESPNのザック・ロウが毎年選出する、ジャーニーマンやNBAに生き残るべく戦ってきた選手を称える「ルーク・ウォルトン・オールスターズ」。第10回となる2021年、トロント・ラプターズから渡邊雄太選手が選出された。 ザック・ロウによる渡邊選手の紹介部分を抜粋。内容は以下。

ラプターズのフォワード・渡邊雄太のバスケットボールの旅に後戻りはない

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競争者として、少女の父親として。コービーと絆を結んでいたザック・ランドルフ

コービー・ブライアントが逝去したあの悲劇的な事故から1年。元NBAオールスターのザック・ランドルフと、ブライアントの女子バスケットボールチームでプレイしていたランドルフの娘であるマッケンリーは、いまだにブライアント父娘の弔いを続けている。 ザック・ランドルフとコービー・ブライアントは、10年以上にわたってNBAのウエスタン・カンファレンスで同じ時代に戦った同士だ。2人は、オールスターゲームで2度チームメイトだった。彼らは、ブライアントがレイカーズの一員として、そしてランドルフがロサンゼルス・クリッパーズの一員としてプレイしていた短い期間(2008-09シーズンの1シーズンのみ)、ステイプルズ・センターという同じ職場を共有していた。