ラプターズのフォワード・渡邊雄太のバスケットボールの旅に後戻りはない

渡邊雄太を理解するために、物語の成り立ちと、彼が受け入れたチャレンジの旅の物語を知らなければならない。

彼は誰も持っていない強い決意を持ってティーンエイジャーとして地球の裏側からやってきた若者だった。10年ほど前に夢を追いかけ渡米した時には、ありえないと思われた夢を持つ少年だった。彼は誰も知らなかった。彼は誰ともコミュニケーションを取れなかった。しかし、彼は恐れなかった。彼は勇敢だった。

Source: “There has been no turning back in the basketball journey of Raptors forward Yuta Watanabe”(Toronto Star)

そして、彼は決意した。

18歳の時に日本を飛び出したけど、その時はまったく英語が話せなくて、誰のことも知らなかったんだ」と、先週ニューヨークからの電話インタビューで渡邊は語ってくれた。「決して簡単なことではなかった。簡単な決断ではなかったけど、両親はとても応援してくれたし、友人も高校のチームメイトも、皆が応援してくれた」。

苦しかったけど、同時に期待に胸が膨らんでいた。正しい決断をしたと思う」。

渡邊は、今季のラプターズのロスターにおいて最も嬉しいサプライズとなっており、ベンチからラプターズのローテーションの一員として活躍を遂げている。しかし、2013年当時、彼は世界のバスケットボールマップにはほとんど載っていない国、NBA選手をほとんど輩出していない国の10代の選手だった。

現地の予備校に通うため、コネチカット州オークデールに上陸した彼は、叶いそうにないと思われた夢を追いかけていた。コネチカットで英語を学んだ後、ワシントンD.C.のジョージ・ワシントン大でスターの道を歩んだ。2018年、ドラフトで指名を受けられなかったものの、メンフィス・グリズリーズと2-Way契約をつかみ、そして昨年秋にラプターズに辿り着いた。

まったくもって、理解できない」。8年前、日本の香川県から旅立つ時に、そう言おうとした人々がいた。

若い頃、『NBA選手になりたい』と言ったら、多くの人々に笑われた」と渡邊は言う。「皆、こう思っていたんだ。『日本人には不可能だ』」。

しかし結論、そんなことは決してないのだ。

渡邊が幼少期にバスケットボールを始めたのは、驚くべきことではない。彼のコート上での成功は、彼のDNAによってあらかじめ定められていたのかもしれない。

母親の渡邊(旧姓:久保田)久美は、元日本代表のメンバーで、1983年のFIBAワールドカップに出場した日本代表のキャプテンを務めた。日本のプロリーグで延べ9シーズンを過ごし、1985-86年シーズンにはMVPに選出された。父親の渡邊英幸も日本でプロとして活躍し、熊谷組ブルーインズで9年間のキャリアを積んだ。

両親のどちらのほうが選手として優れているかと聞かれると、渡邊は笑った。

キャリアとしては母のほうが上かなと思う」と笑いながら答えた。「母は日本代表でプレイしたけど、父はそうではなかったので、その質問に対する答えとしては、私は母と言うだろう。実際の母のプレイは見たことがないけど、母は上手だったと皆が私に教えてくれた」。

両親は今でも、渡邊にとって良きトレーニングパートナーだという。

両親は私が育った頃のコーチで、いろいろなことを教えてくれた」と彼は言う。「今でも日本に帰ると、一緒にトレーニングをしている。彼らは私の人生の中でずっと私のコーチをしてくれている」。

“Yuta Watanabe’s hard work pays off as he earns spot in Raptors’ rotation”(The Japan Times)

渡邊が両親から受け継いだものは、バスケットボールの遺伝子だけではない。両親は日本を離れてアメリカに行くという彼の決断に対して、決して揺らぐことなくサポートした。2人の子どものうちの1人が、叶いそうにない夢を追いかけ異国の地へと旅立っていく姿を見るのは、気が気でなかったことだろう。

もしお前のバスケットボールがアメリカのレベルに合わなかったら、迷わず日本に戻ってこい」と父・英幸は日本の雑誌の取材で語っていた。「いつでも戻ってこい。大歓迎だ」。

若い渡邊にとって、両親以外のロールモデルが必要だった。渡邊は、世界中の多くの若い選手が選ぶロールモデルを選んだ。26歳の渡邊は、コービー・ブライアントの熱狂的なファンとして育った世代である。

初めてNBAを観戦したのは6、7歳の時で、レイカーズの試合だったと思う。その時に、私はコービーの大ファンになった。それからずっと彼のファンを続けている。昨年、彼が亡くなってしまい、本当に悲しかった」。

私はコービーが実際にワークアウトする姿を見たことはなかったが、多くの人が彼は世界で一番のハードワーカーだと言っている。そうなると、『もっとハードワークしなければ』と思ってしまう。コービーがハードワークしていたんだから、私なんてなおさらだ」。

渡邊がコービーと同じように日本の若い選手に影響を与えると考えるのはおこがましいことかもしれないが、だからといって渡邊がその責任を負わないというわけではない。現在、NBAでプレイしながら同時に日本代表としてもプレイするのは、渡邊とワシントン・ウィザーズの八村塁だけだ。田臥勇太は15年前にフェニックス・サンズで4試合に出場しているが、NBAの歴史の中で日本の輝きは少ない。

18歳で日本を出た時、私は多くの人に『日本人のパイオニアのような存在になりたい』と話した。今、日本にいる多くの子どもたちが私のNBAでのプレイを見て、『自分もNBA選手になれる』と思ってくれたらと願っている」。

渡邊はその多才さと明確な役割を受け入れることを厭わない姿勢から、ラプターズで堅実な貢献者として活躍し、また今季で一番のサプライズな存在となった。彼は満ち満ちるエネルギーをもたらすベンチプレイヤーであり、必要な時にシュートを決めることができる。そして、その仕事をこなすことに対する熱心さにより、彼は際立った存在になりつつある。

彼は常に動き続けている。それは本当に良いことで、私たちのオフェンスを助けてくれる」と、ラプターズのニック・ナースHCは言う。「彼の役割(であり仕事)は、ハードにプレイしつつミスを抑えること。その点で言えば、彼はほとんどミスをしない」。

彼はルーズボールのためにダイブし、いつも適切な場所にいる。そして、彼が持っているすべての力を出そうとしている」とチームメイトのカイル・ラウリーは話す。「彼のプレイを必要とする時がある。彼は非常にハードにプレイしてくれているよ」。

元々、GリーグのRaptors 905で大部分を過ごすと予想されていた渡邊の契約は、この先1カ月ほどで2-Way契約から本契約へと切り替えられる可能性がある。そうなれば、英語の会話すらままならなかったティーンエイジャーが、世界でたった450人しか存在し得ないNBAプレイヤーの一人になるという旅が達成されることになる。

それは、彼が最も誇りに思っている自身の特徴の一つをさらに証明するものになるだろう。

私の持っている『適応する能力』は、私自身も日本にいた時には気づけていなかったものだと思う。英語を話すこともできなかったが、予備校時代も大学時代も、私はコーチたちと良い関係を築けていた。私の持つすぐに適応する能力は、私の強みになっていると思う」。

私はこれまで長い道のりを歩んできたが、そんな自分をとても誇りに思う」。

JJ
I Stan Basketball. / Started watching NBA since 2003 / A Big Fan of LeBron & Lakers / An Alumnus of University of Tsukuba / An Editor / A Blogger

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